沿 革

補足説明1

沿革をお読みいただき、現在の丹沢の自然の姿しか知らない方には、シカの問題などで違和感を感じたかもしれません。

1960年代までは丹沢の中高域帯にシカは居ませんでした。カモシカには良く会いました。

1970年代に入り天王寺尾根の上部にシカの足跡があったと話したら、戦前から山を歩いている方に、お前、嘘をつくな、山の上にはシカ

は居ないと怒られました。1965年ころ丹沢全山のシカは300~500頭と言われました。

スギ、ヒノキの拡大造林が行われ、山全体が丸坊主になり、草が生えて食料が豊富になったので、シカが大増殖しました。

スギ、ヒノキの成長とともにシカの餌となる草が減っていきました。餌を求めてシカが中高域帯に進出したのです。

拡大造林とは、戦後の高度成長時代、木材価格が急騰したので、欲を出した人間が、森林事業に不向きな場所でも雑木林を切り払い、山全体

にスギ、ヒノキを植えた事業です。不向きな場所に植えられた木材に現在価値はほとんどありません。搬出も出来ない場所も目につきます。 

このような過程を踏まえて沿革をご理解ください。

 

補足説明2

丹沢の自然保護活動とは直結しないので参考までに

丹沢自然保護協会を立ち上げた中村芳男さんの丹沢以外での自然保護活動を紹介します。

全国の自然保護団体に呼び掛けて、全国自然保護連合の設立をまとめ上げ、丹沢ホームで設立総会を開きました。

事務局長に就任し、箱根湯本で設立大会を行い、初代環境庁長官の大石長官の来賓をいただきました。

二代目の環境庁長官に就任した三木前総理がよき理解者となり、環境庁の自然環境保全審議会委員に任命され、膝に水が溜まって歩くのも

大変な中、杖を突きながら北海道から西表島まで、全国を駆け回り、釧路湿原埋め立て、白神山地道路開発、尾瀬観光道路の開発等多くの

開発を止めることに貢献しました。

開発が中止されたところは、現在世界遺産や重要観光施設として生かされています。

開発計画に対し、次世代に残すべきものを選択し、残す活動をすることの重要性を示していると思います。

丹沢山頂に現れたシカ これが丹沢山頂とわかる方は80歳以上

で60年以上丹沢を歩いている方しかいないと思います。